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  • 執筆者の写真konkomienet

2023/02.05 「便り」をいただいて/連合会の日ブログ記事

 

金光教上野教会 近藤栄一
 

 私の教会のトイレには、「『便り』 大便、小便は、体がくれた、大きな便り、小さな便り。便りで知る自分の体。食物にお礼を言う人はいるが、便りにお礼を言う人は少ない」という文言の張り紙をしています。

さて、随分前、私が小学生低学年の頃(50年以上前)のことです。当時教会のトイレは、汲み取り式でした。市内各地にも、水洗式トイレの家は、あまりありませんでした。月に一回、バキュームカー(トイレの汲み取りをする自動車)が、各家を回ってきます。その日は、便のにおいで周辺はとても臭くなりました。子ども心に、汲み取りの日は臭いでかなんなと思っていました。そのことを母に言うと、母は「あの方々が汲み取りに来て下さるから、有り難いんやで。そういう仕事をして下さる方がいるから、助かってるんやで。尊い大切なお仕事やな」という意味のことを言いました。私も、これはとても大切なことだなと思いました。それから年月は流れ、私も女の子、男の子の二人の子どもを授かりました。息子が4歳になった時のことです。いっしょにお風呂の入っていると、息子が、「お父さん、ここでおしっこしてもええか」と言うのです。「おしっこは、トイレでせなあかんな。何でここでしたいと思ったんや」と聞くと、「今日、公園で遊んでいたら、友達のお兄ちゃんが、トイレと違う所でおしっこしてたんや。それで僕もしたいと思ったんや」と、息子はこう言うのです。私は、「トイレと違う所は、神様のお体やで。お顔やで。顔や体におしっこをかけられたら、嫌やろ。絶対したらあかんで」と言いました。さらに続けて、「それからな、おしっこが出たら、『おしっこが出ました。神様ありがとうございます』って、お礼を言うんやで。おしっこが出なかったら、体に毒が回ってしんどくなるんやで。おしっこで体に毒が回らないよう、神様がしてくれてるんやから、ありがとうって言おうな」と言いました。わかってくれたかどうか、わかりませんでしたが、息子は、「わかった。僕は、トイレでおしっこするわ」と言っていました。

 何日か経ってのことです。お参りのおじさんが、私たち夫婦が教会のことで忙しくしているのを見て、息子を散歩に連れて行ってくれました。息子は、ジュースを買ってもらい、それを飲み、しばらく公園で遊んでいると、おしっこをしたくなりました。もちろんトイレでです。おじさんもいっしょにトイレに行きました。おじさんがトイレから出てくると、先に出て待っていた息子は、「おっちゃん、お礼言うたか」と、おじさんに言いました。おじさんはドキッとして「ありがとうございます」とお礼を言いました。息子は、私との約束を守っていたのです。しばらくして、二人は帰ってきました。おじさんは私たちに、「シュンちゃんには、一本取られましたわ。大切なことを教えてもらいました」と、散歩での出来事を話してくれました。そして、その後もお参りに来られると「トイレに行くたびに、シュンちゃんに言われたことを思い出しますわ」と、頭を掻きながら笑っておられました。

 あれから、30年以上経ちました。今もトイレで用をすますたびにこのことを思いながら、「お通じを頂き、ありがとうございます」と、お礼を申し上げています。





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