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2024/10.05 話そう!今日のありがとう/連合会の日ブログ記事

執筆者の写真: konkomienetkonkomienet

平常心  水野照雄(松阪新町教会)


 前教主金光様がご帰幽になりました。

 ご霊神さまに御礼申し上げていくなかで思い出したことがあります。


 もう、30年も前のことです。

 私は、金光教学院(お道の教師を養成するための学校)で修行をさせていただいていました。修行というとたいそうな表現ですが、要は、起きて寝て、食事を作って食べて、掃除をして…。勉強も、少々しました。そういう一切をとおして、神様と出会っていくことが願われていた、そういうことでした。

 本部広前参拝も、お結界で金光様にお取次を頂くことも、そういった日常のなかのことでした。

 ある日、一人の同期学院生が、「金光様にお言葉を頂いてくる」と意気込んで、お結界におもむきました。色紙(しきし)を持参し、「ここに何かご一筆」と願い出たのです。

 よくもまあ、そんな厚かましいことできたものだ。私などはそんなふうに考えてしまいます。自分には真似できんな、とも。

 でも、もう一つ考えれば、学院生とは本部広前の修行生であると教えられていて、であれば、金光様はその師匠なわけです。とすれば、師匠に弟子がそうやって求めるのも、またあり得る話であろうかと思われたりもします。

 ともあれ、そうやって頂いてきた色紙には、『平常心』と認(したため)められていました。

 それを目にしたとき、とても感動しました。と言うと、それは嘘になるかもしれません。いや、何か感じたに違いないのですが、その時の印象や感情を正確に思い出すことが、とても難しいのです。

 それは、30年の時間がそうさせた、というだけでなく、いろいろあってのことです。


 いろいろあった、その一つ目。同期の学院生が在学中に亡くなりました。まだまだ若く前途のある、元気な青年でした。ここでこれ以上は深掘りしませんが、志を同じくする者にとって、動揺するに余りある出来事でした。

 次が、平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震と、それによって引き起こされた阪神淡路大震災です。ちょうど在籍外教会実習で、学院生たちが各地の教会でお世話になっている最中でした。遭い危うく難を逃れた人もありましたし、鉄道不通で帰れなくなった人もありました。それよりなにより、「天地の親神様」と教えられているのに…。不穏な思いになりました。

 そして、同じ年3月20日のオウム真理教地下鉄サリン事件。宗教の名のもとにいったい何がどうなっているのか。いや、あれはカルトだからと、そうそう簡単には割り切れない何か重たいものを抱えこまされた思いがしました。


 そのような、とても落ち着いてはいられないような事柄や状況のなか、金光様のお言葉を頂いていたおかげで、平常心を保つことができました。などと、きれいごとを言っては、もう一つ嘘の上塗りになります。

 大いに迷い、惑い、不安になり、不穏になりました。揺さぶられました。しかし、それゆえに、かもしれません。『平常心』というお言葉は、深く刻まれてしまったように思うのです。「…ように」とは無責任なような表現ですが、正直なところがそんな感じです。

 30年間意識し続けてきたというよりも、今になって振り返ったとき、色紙の墨跡とともに思い起こされる、といった感じなのです。


 前教主金光様の密葬に、お繰り合わせを頂いてお参りすることができました。終祭のあと、ご本部のお広前で、五代金光様のお櫃をお見送りすることができました。

 そして、密葬告別式の朝、教主金光様のお出ましをお迎えしました。いつものようにお道筋を進まれ、いつものようにご祈念くださり、いつものようにお結界にお座りくださいました。いつもと違っていたのは、外殿にしつらえられた新霊床。

 なんとも有り難い思いに満たされました。かわって、かわらず。祈り続けてくださり、祈り続けられている。お道はこのようにしてあるのだと、思わされました。




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