20200805 チーちゃん、またね(連合会の日ブログ記事)

「チーちゃん、またね」 金光教南牟婁教会長 松田斎二郎 小鳥のチーちゃんが死んだ。一年余りの短い一生だった。 チーちゃんとの出会いは、昨夏、小学5年生だった娘が、近所のおばちゃんから、虫カゴに入ったヒナをもらってきた時に始まる。 「お父さん、ちゃんとお世話するから飼ってもいい?名前も付けたの。『チーちゃん』っていうんだよ」と、見たことのないような、とびっきりの笑顔で聞く。とは言え、もろ手を挙げて歓迎できない個人的な事情を抱えていた。 私には、過去にペットの苦い思い出が多すぎる。これまで、昆虫から動物まで、いろんな生き物を飼ってきたが、ろくに世話もしないで、早々に死なせてしまった。その罪の意識が残っているのだ。 それに、飼った生き物のどれもが、私には寄り付かないという悪夢のような記憶も抜けていない。一般的に、よく人に馴れるといわれる動物でさえも、家族の中で私にだけは懐かなかった。これは、長年の密かなコンプレックスとなり、私を煩わせ続けていた。 この生き物たちは、動物の本能で私の本性が残酷であるということを見抜いている。だから近寄って来ないのだと、まるで「オマエは宗教家として失格だ」と脅されているような気になるのだ。 ところが!である。世話を始めると、お腹を空かせて「ピィピィ」とすり寄ってくる。恐ろしいまでに人懐っこい。カゴから出してやると、手に乗り、肩に乗って、離れようとしない。こうなると、興奮で背筋がゾクゾクしてくる。 「52才にして、生まれてはじめて、生き物が懐くかも知れない!」 しかし、その淡い期待も束の間だった。チーちゃんが、ある日突然寄り付かなくなった。自分でエサを食べ

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